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認知症の作業療法 第2回

第2回目は、パラチェック評定尺度を用いて対象者をグループにわけ感覚統合理論にもとづいた介入を紹介します。

パラチェック評定尺度 グループⅠ (得点 10~24)の対象者の作業療法

対象者の特性:濃厚なケアを必要としている。長時間のOTよりも、目覚めている間の短時間で頻回なアプローチに対して、より良い反応をしめす。

  1. ポジショニング

座面がたわんでいない車いす、椅子、ペッドなど。ただし、褥瘡には注意。両上肢は姿勢の維持のために机あるいはラップボード上に対称に置く。下肢はフットレスト上に対称に置く。ベッド上でも装具などを使用して足関節を良肢位におく。足底版はベッド上でのずり落ちを防ぐとともに足底からの圧迫により、靭帯や腱の状態を保ち、骨粗しょう症を予防する。循環器系や骨の代謝を促す体重負荷を図るため、できるだけ立位をとらせる。徐々に立位へ導くためには傾斜台(tilt table)が有用。頭は直立あるはやや前方にかたむける。

  1. 嗅覚刺激

嗅覚は原始的で、強力な感覚器官であり、一般的に覚醒効果をもつ。また味覚の構成要素であり、食べ物からの嗅覚刺激は重要になる。味覚は、視覚や聴覚と同様に、加齢にともない鈍麻する。従って、弱い匂いではなく、できるだけ強い匂い刺激が望ましい。

食欲がなく、十分に摂取できない高齢者には、食事が運ばれてくる数分前に、長ネギのジュース、酢、マイルドなガーリックなどの瓶を持っていき、その匂いをかがせると食欲を刺激できる可能性がある。まず、その匂いは何かを尋ねる。高齢者がそれを知っていて、話をしたり、指さしできたら、どれが一番好きか尋ねる。食物についての会話も食欲を増すかもしれない。

失見当識のある人には、匂いは一時的に認知機能を改善する可能性があり、セラピーの最初に試みると良いかもしれない。調味料入れの瓶(穴のあいた中蓋とそれをふさぐ上蓋のあるもの)に匂いを染み込ませた木綿の切れ端を入れておき、上蓋をとって対象者に渡す。穴のあいた中蓋は、高齢者が中身を飲んでしまうことを防ぐ。重度の認知症者は何でも口の中に入れてしまう。

覚醒に役立つ香油は、酢、バニラ、冬緑油(トウリョクユ;サルチル酸メタル)、ユーカリ油、マスタード、丁子、レモンエキス、シナモン油、アーモンドエキス、ストロベリーエッセンス、ガーリック、玉ねぎ等。

アンモニアは循環器系に悪影響を及ぼすので用いてはいけない。

鎮静効果を持ち、眠気を誘うのは、バナナオイル、ナツメや花の香料など。

アレルギー反応を引き起こすおそれのある粉末や花の香りには注意する。

嗅覚刺激を覚醒効果のために用いる場合、5秒から10秒の提示で十分。続いて別の刺激、例えば、「ボールをとる」といった反応を促す言語刺激を提示する。毛糸玉、スポンジボールなど、ボールをつかむのを助け、次に「ボールをとったね」などと言葉をかける。

嗅覚刺激は急速に慣れるので、同じ香りを繰り返し使うのではなく、セラピーセッションの間、違った香りを用いる。

より高い機能レベルにある高齢者には、例えば、誰が最も多くの香りを当てたかなどグループゲームとすることができる。

  1. 触覚刺激
    1. 軽い触覚は、一般に覚醒効果がある。軽い刺激は、原始的な神経系にたいする危険信号となり、神経賦活反応を生じさせる。
    2. 弁別のための触圧刺激は、鎮静効果となる。目を閉じて硬貨を弁別したりすることは、マッサージや背中をさするなどと同様な鎮静効果となる。

レベルⅠの高齢者の皮膚は弱くなっていたり、過敏、鈍感になっている可能性があるので、注意を払う。

触覚はケアや関心や愛情を示すという意味を持つ。これを利用するためには、例えばローションを使って優しいマッサージをすると、興奮している対象者を鎮静でき、人への関心や感情を伝え、環境の中で何がおこっているのか判断することで、脳の働きを助ける。

重度の認知者でも手さわりの良い生地を楽しむことができる。例えば、様々な色のベルベット、コールテンなどは触覚入力を増すだろう。特に美しい色彩の生地は、多くの反応を引き出すだろう。

  1. 視覚および聴覚刺激
    1. 時計、カレンダー:日時が視認しやすいものを用い、いつも確認できるように一部屋にひとつは備える。確認できやすい場所、高さにおく。
    2. 窓、写真:窓から屋外の景色を眺めると季節の移り変わりを知ることができる。窓がない場合は、屋外の写真を貼り、季節に応じて取り替える。家族や友人の写真を飾ると、スタッフなどから、この写真が誰かを聞くなどして、話し合いのきっかけとなる。
    3. テレビ、ラジオ:感情が乱されたり混乱させられるような内容はさける。
    4. 水槽:魚、かたつむり、亀など。鳥かご:カナリア、インコ、オウム等

いろいろな色や形を楽しむ。

  1. 動物介在療法はもっと利用されてもよい。
  2. 音楽療法
  3. 風船バレー、風船をつかまえるだけのゲームでも良い
  4. 運動パターンの発達

目標は、自発的な随意運動であるが、受動的でも全く動かないよりは良いことであるとの認識で心がける。他動的関節可動域(ROM)訓練は、拘縮を

予防し、循環を刺激し、感覚剥奪を防ぐ刺激となる。看護も含めてルーティンで行うべきである。理学療法士はガイダンスをすべきである。

まず最初は手の握り、離し。看護スタッフは、対象者が入浴時に、例えばタオルやスポンジを握るように励ます。セラピストなら毛糸玉、スポンジボール、お手玉などの重さ、素材、形を変えて、改善を促し、活動につなげる。タオルでつかむ、毛糸まき、ちぎり絵など。

  1. グループ活動

グループⅠの対象者はほとんどが他人と交流できない。この問題解決法のひとつは、車いすやリクライニングチェアに座っている人達、5~7人を円陣に座ってもらい、中央に道具をのせるカートや小さなテーブルを置き、セラピストや看護師は真ん中に入る。道具には次のようなものを含む。

  1. 嗅覚刺激セット:酢、丁子、シナモン、ユーカリ油など
  2. ハンドローション
  3. 風船(直径40㎝くらいのもの2~3個)
  4. スポンジボール
  5. ベルベット、サテン、コールテン、ナイロンネットのような布切れ端

セラピストはまず、嗅覚刺激のための瓶をとり、その匂いをかぐように言い、一人一人の鼻の下で2~3回動かす。「○○さん、これはなんでしょう。○○のような匂いですか」と話しかける。つぎに、セラピストは対象者の手にハンドローションをつけ、手や腕をこするように言う。グループの一人一人に対してこれを繰り返す。最初の対象者に戻ったら、セラピストはハンドローションをもう少しこすってあげる。特に反応がなかったり、自分でできない場合は、良くこすってあげる。さらに、セラピストは風船や生地のはしきれを対象者の手に置き、それを感じるように言い、好きかどうか尋ねる。円陣を回る。

次に、セラピストは「握りと離し」の反応を引き出すために、グループのまわりを歩きながら「風船(ボール、お手玉)」をとって。ハイ。私にください」という。対象者が応じた場合は、次の人に手渡すよう促す。

 この種のグループ活動は「平行な反応」と呼ばれる。対象者は、最初、一人ずつアプローチされるが、徐々に相互交流を始める場合がある。グループ活動が一日2~4回行われると、さらに刺激を高める。

グループ活動の間には、「お茶の時間」を取ることが望ましい。水やジュースとクラッカーやスティックパンで良い。これは手を口に動かすパターンを訓練する機会となる。スタッフは自らこれらの活動を楽しむことが重要である。もし、急いだり、機械的な仕事になると、その価値の多くは失われる。

パラチェック評定尺度  グループⅡ(得点 25~39)の対象者の作業療法

グループⅡの対象者は、反応し、ある程度の相互交流ができ、多少の自己管理、例えば、食事やその他のセルフケアなどができる。移動制限のため、車いすを使用することも多い。

  1. グループで円陣になってセラピーを受けることができる。この場合、セラピストは真ん中にいるよりも、サークルの一員となったり、その周辺をまわる方が良い。この場合、例えば、嗅覚刺激では、だれがその匂いを当てられるかというゲームになり、対象者同士で次の人に瓶を渡す。

風船バレーでは、投げようとする人の名前を呼ぶようにする。風船を受けた時、生まれた町の名前を言うなどのバリエーションを徐々に取り入れる。

車いす者では円陣を組んで、小さなサイズのフレアーパラシュートを手に持つことができる。それを高く上げたり、下したりし、波を作ったり、風船やビーチボールをその上に乗せ、弾ませることができる。床の上におき、サークルの中心にお手玉を投げ入れることもできる。

こうした活動を幼稚だと感じる場合も出てくる。「さあ、パーティーをしましょう」というと大抵の場合、文句はでない。ここでも、お茶の時間はADL活動と同様、社会的技能に働きかける重要な機会となる。

  1. ボランティアの利用

「おじいさん、おばあさん役割プログラム」:近郊の小学生などに訪問してもらうプログラムである。こうした状況設定により、整容や社会的技能に対するモティベーションが高くなる。

音楽療法では一緒に歌うほか、演奏することでより治療的となる。

動物介在療法:

プレゼント作り:子供の施設などに贈るために、簡単なおもちゃやゲームを作る。

  1. 移動、歩行訓練:
  2. 福祉機器の利用:メガネ、補聴器などの調整、管理。
  3. ポジショニング:起立性低血圧他、二次的障害の予防

パラチェック評定尺度 グループⅢ (得点 40~50)の対象者の作業療法

介護制度を利用して自宅での生活が可能であろう。

セルフケア

簡単なボランティア

ペットと暮らす

(Occupational justice)

認知症の作業療法 第1回

認知症の作業療法・感覚統合療法の応用

1985年10月にLorna Jean King氏(OTR)が来日し、感覚統合療法のワークショップと講演を行った。その資料を引用、参考にして認知症のOTを考える。

概要:

  1. 認知症の感覚統合理論からみた問題の焦点
    1. 感覚剥奪(sensory deprivation)
      1. 感覚の鈍磨;前庭系感覚、固有感覚、他(視覚、聴覚)
      2. 運動の機会を失う;長期入院などによる
    2. 高い不安水準(anxiety level);愛する人、仕事、家族の喪失、恐怖
  2. 目標設定
    1. セルフケアをできるだけ維持する
    2. 進行性疾患(アルツハイマー、ピック病等)の退行を遅らせる
    3. QOLをできるだけ良い状態に保つ
  3. 評価:ADL、認知、言語、対人関係他。(パラチェック老人行動評定尺度)
  4. 計画
    1. 食事、更衣、入浴、掃除などに感覚統合を利用(例:嗅覚刺激は他の感覚に比べて情緒の座である辺縁系に直接、情報が伝えられる。記憶と係わりの深い海馬も含まれている。その為、情緒的な記憶を回想させ、注意を喚起する。ただし、順応が早く、長時間興奮させる効果はないので連続刺激させない)。ストレスを与えない為に、急がせず、頻繁に短時間働きかける
    2. コンサルタント(他職種や家族他へ)
    3. グループ活動;”Let’s have a party”、circle of wheelchairs お年寄りはグループ活動時に威厳を持とうとするので子どもじみた内容は避ける。「パーティをしましょう」と話しかける。笑顔、安心、信頼。
      1. 匂い当てゲーム。「ここにとても良い匂いのするものがあります。口の中に入れてしまう事故を防ぐため、容器を工夫する
      2. スカーフの素材当てゲーム 
      3. バルーンまわし。「どうぞ」と声をかけて渡す。
      4. ゴムを引張り合う
      5. パラシュートの真ん中に風船等を置き、引っ張り合ったり、上にあげる。姿勢を矯正し、重力を感じる。酸素を取り込む。
      6. リフレッシュとして飲み物、ビスケットなどを用意し、摂食訓練、社交の場にも応用する。
    4. 環境調整;感覚剥奪をできるだけ防ぐ
      1. 心地よい聴覚刺激:音楽
      2. 視認できる視覚刺激:金魚 他

1.理論背景神経系への働きかけ

1.覚醒

 1.姿勢:頭を上げる。胸を広げる。脳活動は酸素を多量に消費する。酸素摂取量の増加によって気分が高揚する。重力を感じる硬いシートなどで前傾姿勢を矯正、胸を圧迫しない。腕を挙上することで酸素摂取量が増す。腕を交互に上下する活動は、呼吸のポンプ作用となる。パラシュートゲームや風船バレーなど。

2.嗅覚刺激:コーヒー、酢、ユーカリ、

3.軽く触れること:羽根

4.リズムやピッチが変化する元気の良い音楽

5.運動(変化のある前庭系刺激。ジョギング、ダンス、体操、水泳)

2.鎮 静

1.姿勢:支えられた安全を感じるもたれかかり(リクライニングシート、クッション)

2.触圧:優しくリズムカルに背中を撫でたり、マッサージする。包み込む毛 布や布団の重み。

3.適度な暖かさ:体温を保つ

4.同じテンポで、変化のない音楽

5.ゆっくりしたリズミカルな運動、ロッキングチェア、ハンモック、ゆり椅 子、ブランコ

3.動機づけ

感覚剥奪の防止。環境からの感覚入力を増す、特に運動(固有受容器)により動機づけられる事が多い。環境のアフォーダンスを利用する。

4.感覚データーの処理の改善、連合(記憶)の回復と改善

脳幹の輻湊核に十分な入力を図る。前庭覚、固有受容覚(腱、関節、筋の活動)、触圧覚5.

5.ストレスホルモンの代謝

身体的、精神的なストレスの蓄積(副腎皮質ホルモンのコルチコステロイド)は、視床下部の放出因子と神経伝達物質を生産し、高血圧や胃潰瘍、精神障害の原因となりうる。ストレスホルモンは激しい運動によって代謝される。いかなる活動も効率の良いストレスホルモンの代謝をもたらすことができる(Gal & Lararus)。病院や施設の中ではストレス発散の機会が少ないので、特に重要。

2.コンピテンシー(competency)を打ち立てる

(MOHOでいう個人的原因帰属。エンパワーメント);自分のニーズを管理し(選択する、決める、できることはする等)、自尊心や主体性、有能性を回復する。

  1. バリアフリーなどを考慮した環境を整える。自助具や福祉機器の利用。
  2. 環境の変化や学習への配慮。もの忘れ防止のためのノウハウ。例:小物の紛失を防ぐための車いすやベッド周りにマジックテープで付けられるポケットなど。
  3. 交流・社会参加の機会を増やす
    1. 笑顔、挨拶、相づち、アイコンタクトなどが交流の社会的技能なので、「行動変容」アプローチと教示によって、そうした態度を学んでもらう。ぶっきらぼう、無反応、ひねくれた返事や要求に対して「笑顔で言ってくれたらうれしいな。すぐに動いちゃう」など、笑顔でひょうきんな反応をすると、同じような笑顔、冗談の交流が返ってくるかもしれない。ただし、そうでない場合は臨機応変に。
    2. Maslowが定義する高次レベルのニードのひとつは環境への主体的順応である。しかし、「世話を受けたい」というニードが、周りの人たちを操る(振り回す)という結果になる場合がある。こうしたニードが満たされていると感じてもらうためには選択や意志決定の機会をできるだけ多く与えるべきであろう。(例:「ジュースと水のどちらで薬を飲みたい?」「歩行器の方向はどちらに向ける?図書室?テレビ室?」等、どのような些細なことでも意思決定を促す。)
    3. 作業療法の活動は多くの選択と意思決定の要素を含んでいるのでこれを活用する。グループ活動は社会的技能を促進する。